2005年05月16日
新アルミホイール仮装着

■2004年3月19日(土)■
ビートの外装も一新させるにあたって、一番目立つのは足元。
つまりはアルミホイールですね。
私が今まで装着してきた、RacingSPARCO N1は非常に気に入っています。
赤いスポークに、シルバーのリム。
色の配置と良い、デザインといい、
まさにビートにベストマッチだと思っています。
しかしデザインは良いとしても、サイズが14インチなんですね。
昨今の新型の軽自動車は標準で15インチも当たり前の世界にあって、
14インチのホイールというのは、前時代的な印象も否めません。
もちろん、ビートの標準のホイールサイズは、
前13、後14インチですからノーマルのイメージを損なわずに
乗り続けるならそのままでもいいんですが、
新たなイメージで、デザイン一新を考えている私にとっては
なんとかしたいと思う気持ちでいっぱいでした。
自分のビートのイメージにぴったりなホイールをこれまでも探し続けてきました。
でもこれだーというのがないんですね。
もちろん定番とも言える、RAYSのTE37とか、カッコいいですけど、
あまりにも定番すぎて装着されているビートの数も多いので
そういうのはボツなんですね。
じゃ何があるんだと・・・。
今までにも何種類かホイールを買ってみて装着したことあるんですが
履き替えるまでの行動には至りませんでしたが、
一つだけこれは行けそうだと思うホイールを見つけました。
それがこれ、トミーカイラのPRO-Rです。
このホイールはトミーカイラがチューニングしたスバルプレオ用に用意されたホイールで
サイズは15インチ、5J+42の4穴、PCD100です。
サイズ的にも入りそうです。
そうして前もってストックしてあったトミーカイラのPRO-Rが日の目を浴びる時が
ようやくやってきました。
まずは装着にあたっての仮組をしてみました。

上の写真は、PRO-Rに175/50/15のタイヤを装着したものです。
もの凄い迫力感ですねー。
ボンネットのホイールアーチ部が純正と違っているのでホイールハウスに余裕がありそうですが、
これではちょっとホイールハウスの中で干渉しそうです。(たぶん?)

こちらの写真は、PRO-Rに165/50/15のタイヤを装着したものです。
こちらは先ほどよりも迫力感は落ちますが、ホイールハウス内の干渉もなさそうですし
リスクも少なそうなのでこれになりそうです。
ちなみにフロントには20mmのホイールスペーサーをかます予定です。
2005年04月03日
4灯テールライト製作

■2005年4月3日(日)■
長年ビートに乗って来て、やりたくて何度かトライして
今まで実現できていないことがあります。
それは4灯ヘッドライトと、4灯リアテールライトです。
すでにどちらも何人もの方がDIYで製作されているわけで、
キットとしても発売されているものもあるなかで、
何を今更的ではあるんですが、
やっぱり自分でもやってみたいと言う意識がありました。

4灯テールを製作するにあたって、元となるランプはどうするのか?
さすがに一から製作というのも時間がないし、実現は不可能。
今までにストックしていたパーツの中から一番手っ取り早く作れそうな
オプティクラシックのテールライトを流用して製作することにしました。

とはいえ単純につく訳ではありません。
オプティクラシックのテールそのままでは、純正のテールライトの大きさよりも
小さいので、隙間をどう埋めるかかが問題となりました。
ひとまず手持ちの純正テールライト用のカバーをかぶせてみました。

下側が純正のテールライト用のカバーで、上側がオプティクラシックのテールライトカバーです。
写真左側に大きく隙間があります。
オプティクラシックのテールライトカバーを活かして隙間を埋めるか?
はたまた純正テール用のカバーを流用して隙間を埋めるか?
あんまり考えている暇はないので、もったいないけど、純正のテールライトカバーを
ぶった切って隙間を埋めるために使うことにしました。
切って貼ってパテで修正しての繰り返し・・・。

ま、なんとか形になりましたが、果たしてこれが似合うのかどうか?
久しぶりに完成近くまで作り込んだなー。
2005年04月01日
マフラーエンド、ぶった斬り!

■2005年4月1日(金)■
ビート復活計画も着々と進行中なのでありますが、
今回エアロパーツをすべて一新します。
それに伴い、不具合のある箇所がでてきました。
それがリアバンパーと、マフラーエンドとの干渉です。
新たに装着予定のリアバンパーは、
これまでのHIPPO SLEEKの物よりも下側への張り出しが大きく、
ワンオフで製作してもらったマフラーのエンド部分が、
見事にリアバンパーに接触してしまうのです。

そうなると、マフラーにあたらないようにバンパーをえぐるか?
バンパーに当たらないようにマフラーを切り取るか、交換するか?
二者択一の問題に私は後者のほうを選びました。
つまりリアバンパーはそのままで、マフラーを加工する方法・・・。
どちらかと言えば、この選択は金がかかるんですねー。
素直にバンパーえぐっていればと思うんですが、そこはビート復活計画、
お金に糸目をつけちゃいけません!(大嘘)

マフラーを新調するか、加工するか、これまた方法はいくつかあるんですが、
ひとまず現状のワンオフマフラーのエンド部分をカットしてもらうべく、
太洋モータースさんへビートを持って行きました。
(ちなみに、ビートは赤黒黄白というチンドンカラー状態です!)

そうしてエンド部分を切り落としてもらい、ようやくリアバンパーとの
干渉はなくなりましたが、なんとも寂しいお姿になってしまいました。
この後、マフラーをワンオフで新調するか(大金はたくコース)、
現マフラーのエンドを加工するか(これもそこそこ大金コース)、
他の新品マフラーを買うか(以外にお手頃コース)のいずれかはまだ未定です!
投稿者 tomosr : 19:49 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月03日
RSマッハ旧タイプS装着

■2005年1月3日(月)■
見た目重視と言いつつも、以外にも結構車高が高かった私のビート。
そりゃ低くて地べた這うような感じも素敵なんですけど、
そうなるとまた一段とガレージの出し入れが厄介になる訳で
そう簡単に車高を下げる訳にはいかなかったんですが、
今回は今までとは話が違います。
話がトントン拍子に進んで、足回りも交換することになりました。
交換するのは、RSマッハの車高調整式サスペンションKIT、スペックSです。
あ、でもNEWタイプではなく、旧タイプのスペックSです。
さすがに新品を買うにはちょっと財布が痛いので、
マッハさんのデモカーについていた旧タイプを
少しお安くして頂いて買いました。
(ま、でもちょっと頑張れば新スペックSに届くくらいですよー・・・言い訳!)
今回も友人TAPAS氏にご協力いただき、交換してもらいました。
バネレートだとか小難しいことは私にはよくわかりませんが、
はっきりと車高が下がりました。
おかげで同じタイヤとホイール履いていても、ガレージの出し入れの時に
どうやら左リアのどこかが底擦ってる音がするようになりました。
ちなみに交換して外した今までつけていたショックはトキコのイルミナ・ストリートでした。
今の今まで抜けもなく、非常に心地よいドライビングを私に提供してくれていました。
もう既にビートの純正のバネの乗り心地などは10年以上前の遠い記憶でしかなく、
私にとってすれば、このトキコの感触がビートのスタンダードな乗り心地であり、
ベストであったと思います。
本当に長い間ありがとう!
さて、交換したマッハの足回りはどんな感じかなー?
想像するに固そうだけど、まだ当分街中を走るには時間がかかりそうです。

2004年12月30日
ガルウィングビート解体!

■2004年12月30日(木)■
遂にこの日がやってきました。
やるとなったら、即実行・・・と言う訳ではないんですが、
年末年始の休みもあることなんで、
まずは手を付けられる場所から手を付けていかないと、
一体いつ完成するのかもわからないので、
やってみることにしました。

何をそうするか、実は最終的な構想はまだできてません。
でもひとまず、今ついてるパーツは一旦全部外してしまって、
外装全部取り替えてしまうかって、思った訳です。
この時点で一体いくら予算が必要か全く計算外!
一人では心細いので、友人TAPAS氏に協力して頂きました。
割れたままだったフロントバンパーを外して、リアバンパーを外し、
サイドステップ、ボンネット、トランク、シートと一気に外していきます。
しかし一気にといっても、真冬ですから寒くてそう簡単にはできません。
何をするにも寒いと億劫になります。

エアロパーツや外装部品を外し、ひとまずストックしてあった
交換予定のパーツを仮組してみました。
赤いボディに白や黄色や黒など、さまざまな色が混じり合った
ヘンテコなビートに化けてしまいました。
一応まだ仮の状態なんで、コレでいくかはどうか未定です。
しかし外したパーツの多いこと・・・。
そのまま戻したパーツもあるんですが、外した以上これらの
パーツの保管でさらに頭を悩ますことになることも計画外でした!(アホじゃ!)

2004年12月21日
重い腰を上げる時がやって来た!

■2004年12月21日(日)■
いつまでももビートをそのままガレージに
眠らせておくわけにはいかない。
割れたままのフロントバンパーもヘッドライトも、
補修するのか、交換するのか?
ビートには乗れないけれど、ビートのことはいつも頭の中で
考えて来たつもりです。
考えだすとあれもこれも、いろいろとやりたいことが出て来ました。
そのすべてを一気にすることはまず実現不可能だろうけれど、
できるところまでは、思いっきりやってみてもいいんじゃないか
・・・と、ふと思ってしまった。

それはつい先日亡くなった母のことを考えているとそう思った。
人の人生って何なんだろうか?
もちろん親は子供よりも先に亡くなってしまうとは頭のなかで理解しているが、
自分の親がもう逝ってしまうとは夢にも思わなかった。
私はやりたいことがいっぱいある。
ビートにもっと乗りたいし、ビートのための夢のガレージライフを実現する家も建てたい。
もちろんどれも実現していない。
その夢に向かって頑張ってるつもりだし、実現するために抑制している部分も多い。
その歯止めを少し解除して、今目の前で実現できることはやってしまっていいんじゃないか?
そう思ったのです。
玄関にある靴箱の下には、ビートをいじる時に履き替える汚れてもいいジーンズが
埃をかぶって置かれていた。
このジーンズをこの前履いたのは、母が病気だとわかる前だったから半年ちょっと前。
いつも口酸っぱく、「玄関には物を置きっぱなしにしちゃダメ」って言っていた母はもういない。
いつの日か復活をするために買い集めて来たビート用のパーツ達も
その居場所さえ確保するのが苦しくなって来た。
なら、いっちょやってみるか!
ついに自分もやる気になって来た!!

2004年12月01日
ガルウィングビート

■2004年12月1日(月)■
長年の夢だったビートのガルウィング化に成功したものの、
完成してから今まで以上にビートに乗る回数が激減してしまい、
車庫に眠ったままのビート。
というのも毎年秋から春先までの仕事の忙しい時期と、
家族の病気、不慮の事故?
など原因はさまざまでしたが、ずっと車庫の中で眠っておりました。
思い起こせば2004年4月、市役所に手続きに行っている最中に、
駐車場でビートが勝手に動き出して他人様の車にゴツンコして
フロントバンパーが割れたのも大きかったですね。
ずっとこのままの状態にしておく訳にもいかず、
いつかはしなくちゃと思っていたことを、
この際一気にやってしまえとそう思ったのです。

ガレージの出し入れの面倒さなどもあり、本当に乗ってないです。
一体何のためにガルウィングにしたのか?
それは自分の憧れに対する実現という目的達成ではあったものの、
やっぱり、ビートのステアリングを握って風を切って走りたいです。
その日がいつくるのか?
重い腰を上げなければならない時がやってきたように感じました。

完成したガルウィングビートを引き取りに

■2003年9月13日(土)-9月15日(月)■
7月にルーキーズさんにガルウィングへの改造をお願いして2ヶ月。
「完成しました」との連絡を受けて、
ビートを引き取りに愛媛へ向かいました。
今回も大阪を夜出向して、
早朝に愛媛に到着するフェリーを利用しました。
大阪南港から出港して神戸港に寄港。
神戸の夜景はピカイチにきれいです。
この夜景何度となく見に来たなー・・・。
とか、感慨にふけりながらビール飲んでほろ酔いになって
寝てしまいました。

早朝愛媛は、松山観光港に到着。
時間はまだ午前7時前。
移動の手段がないので、電車で市内まで出ます。

どこもまだ店すら開いていないわけで、
道後温泉の方へ行ってみました。
昔ながらの温泉街には、きっと歓楽街があるんではないかと・・・
そう思いつつ、細い裏道の路地を歩き始めました。
するとありました、「ネオン歓楽街」と書かれた看板が。
今から30年くらい前に繁盛したような、
レトロな店が軒を連ね、ある店は風雨に耐えきれずに
つぶれていたり、悲しみすら感じてしまう飲屋街でした。

道後温泉で、ひと風呂浴びようかとも思いましたが、
朝っぱらから風呂はいる気分でもなかったので
近場の足湯でまったりしてみました。

松山名物の一六タルト。
うまいです。大好きです。
もちろんお土産にいっぱい買って帰りました。

それでも時間が余るわけで、松山市内をぶらぶら。
路面電車が今も走る松山市内、時折坊ちゃん列車なる
昔の機関車を彷彿とさせる路面電車が走るというので
時刻を確認して、乗ってみました。
そうこう言う間にやっと、伊藤ちゃんが迎えに来てくれ、
ルーキーズさんへ向かうことに。

ルーキーズさんに到着すると、そこには
ガルウィングとなった私のビートがおりました。
感動の一言でした!
スバラシイ出来映え!
最高でしょう!

いろいろと話し込み、一緒に写真撮影させて頂き、
お礼を言って、愛媛を後にしました。
ガルウィングビートをこの目で見るために愛媛へ

■2003年7月12日(土)■
今までどうやってビートをガルウィングにできるのか、
本当に真剣に考えてました。
少しでも可能性のある記事を見つけては読みあさり、
ショップにも問い合わせましたが、いい返事はもらえませんでした。
最終的には他人で出来なければ、自分でやるしかないとも思い、
自分でガルウィングにするための設計図を考えてたりしてました。
そんな折り、たまたま私の目に止まったのが
カーニバルイエローのビートがガルウィングになっている写真でした。
正直やられたと思いました。
どうせガルウィングにするなら、自分が一番に。
そう思ってたからですが、その気持ちはすぐに変わりました。
このビートは誰がガルウィングに改造したのか?
このビートがガルウィングに出来るなら、
自分のビートもガルウィングにできるはず?
そう考えだすといてもたってもいられなかったです。
そのビートが愛媛のルーキーズボディゾーンさんの車であることを
つき止めて、すぐに電話しました。
気がつけば、明石海峡大橋を愛媛にひた走っている自分がいました。

この日たまたまこちら方面へお越しだった碧BE氏と合流し、
四国を横断して愛媛を目指しました。
はやる気持ちを抑えつつも、今まで夢にまで見てきた
ビートのガルウィングをこの目で見れるという抑揚感を
押さえる事は出来ませんでした。

夕方近くになって、ようやく愛媛にはいり、
ルーキーズボディゾーンさんへ到着しました。
我々の目の前には、確かにドアを天高く舞い上げた
ガルウィングのビートが存在してました。
どうやってこのガルウィングを成立させているのか?
非常に丁寧に教えて頂きました。
あくまでも自分自身の試作のためという事で作ったことは
前もってきいておりましたが、目の前に自分の夢が具現化されているんです。
このまま引き下がるわけには行かず、
無理を承知で自分のビートもガルウィングにして欲しいと
お願いしました。

半ば無理矢理の状態で、ビートをガルウィングにしてもらう
約束を取り付け、私は友人の伊藤ちゃんに愛媛の港まで送ってもらい、
フェリーで大阪まで帰ってきました。