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2004年12月30日

ガルウィングビート解体!

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■2004年12月30日(木)■
遂にこの日がやってきました。
やるとなったら、即実行・・・と言う訳ではないんですが、
年末年始の休みもあることなんで、
まずは手を付けられる場所から手を付けていかないと、
一体いつ完成するのかもわからないので、
やってみることにしました。

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何をそうするか、実は最終的な構想はまだできてません。
でもひとまず、今ついてるパーツは一旦全部外してしまって、
外装全部取り替えてしまうかって、思った訳です。
この時点で一体いくら予算が必要か全く計算外!

一人では心細いので、友人TAPAS氏に協力して頂きました。
割れたままだったフロントバンパーを外して、リアバンパーを外し、
サイドステップ、ボンネット、トランク、シートと一気に外していきます。
しかし一気にといっても、真冬ですから寒くてそう簡単にはできません。
何をするにも寒いと億劫になります。

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エアロパーツや外装部品を外し、ひとまずストックしてあった
交換予定のパーツを仮組してみました。
赤いボディに白や黄色や黒など、さまざまな色が混じり合った
ヘンテコなビートに化けてしまいました。
一応まだ仮の状態なんで、コレでいくかはどうか未定です。
しかし外したパーツの多いこと・・・。
そのまま戻したパーツもあるんですが、外した以上これらの
パーツの保管でさらに頭を悩ますことになることも計画外でした!(アホじゃ!)

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投稿者 tomosr : 22:59 | コメント (0)

2004年12月21日

重い腰を上げる時がやって来た!

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■2004年12月21日(日)■
いつまでももビートをそのままガレージに
眠らせておくわけにはいかない。
割れたままのフロントバンパーもヘッドライトも、
補修するのか、交換するのか?
ビートには乗れないけれど、ビートのことはいつも頭の中で
考えて来たつもりです。
考えだすとあれもこれも、いろいろとやりたいことが出て来ました。
そのすべてを一気にすることはまず実現不可能だろうけれど、
できるところまでは、思いっきりやってみてもいいんじゃないか
・・・と、ふと思ってしまった。

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それはつい先日亡くなった母のことを考えているとそう思った。
人の人生って何なんだろうか?
もちろん親は子供よりも先に亡くなってしまうとは頭のなかで理解しているが、
自分の親がもう逝ってしまうとは夢にも思わなかった。
私はやりたいことがいっぱいある。
ビートにもっと乗りたいし、ビートのための夢のガレージライフを実現する家も建てたい。
もちろんどれも実現していない。
その夢に向かって頑張ってるつもりだし、実現するために抑制している部分も多い。
その歯止めを少し解除して、今目の前で実現できることはやってしまっていいんじゃないか?
そう思ったのです。
玄関にある靴箱の下には、ビートをいじる時に履き替える汚れてもいいジーンズが
埃をかぶって置かれていた。
このジーンズをこの前履いたのは、母が病気だとわかる前だったから半年ちょっと前。
いつも口酸っぱく、「玄関には物を置きっぱなしにしちゃダメ」って言っていた母はもういない。
いつの日か復活をするために買い集めて来たビート用のパーツ達も
その居場所さえ確保するのが苦しくなって来た。
なら、いっちょやってみるか!
ついに自分もやる気になって来た!!
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投稿者 tomosr : 23:36 | コメント (0)

2004年12月01日

ガルウィングビート

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■2004年12月1日(月)■
長年の夢だったビートのガルウィング化に成功したものの、
完成してから今まで以上にビートに乗る回数が激減してしまい、
車庫に眠ったままのビート。
というのも毎年秋から春先までの仕事の忙しい時期と、
家族の病気、不慮の事故?
など原因はさまざまでしたが、ずっと車庫の中で眠っておりました。
思い起こせば2004年4月、市役所に手続きに行っている最中に、
駐車場でビートが勝手に動き出して他人様の車にゴツンコして
フロントバンパーが割れたのも大きかったですね。
ずっとこのままの状態にしておく訳にもいかず、
いつかはしなくちゃと思っていたことを、
この際一気にやってしまえとそう思ったのです。

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ガレージの出し入れの面倒さなどもあり、本当に乗ってないです。
一体何のためにガルウィングにしたのか?
それは自分の憧れに対する実現という目的達成ではあったものの、
やっぱり、ビートのステアリングを握って風を切って走りたいです。
その日がいつくるのか?
重い腰を上げなければならない時がやってきたように感じました。
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投稿者 tomosr : 23:45 | コメント (0)

完成したガルウィングビートを引き取りに

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■2003年9月13日(土)-9月15日(月)■
7月にルーキーズさんにガルウィングへの改造をお願いして2ヶ月。
「完成しました」との連絡を受けて、
ビートを引き取りに愛媛へ向かいました。
今回も大阪を夜出向して、
早朝に愛媛に到着するフェリーを利用しました。
大阪南港から出港して神戸港に寄港。
神戸の夜景はピカイチにきれいです。
この夜景何度となく見に来たなー・・・。
とか、感慨にふけりながらビール飲んでほろ酔いになって
寝てしまいました。

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早朝愛媛は、松山観光港に到着。
時間はまだ午前7時前。
移動の手段がないので、電車で市内まで出ます。

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どこもまだ店すら開いていないわけで、
道後温泉の方へ行ってみました。
昔ながらの温泉街には、きっと歓楽街があるんではないかと・・・
そう思いつつ、細い裏道の路地を歩き始めました。
するとありました、「ネオン歓楽街」と書かれた看板が。
今から30年くらい前に繁盛したような、
レトロな店が軒を連ね、ある店は風雨に耐えきれずに
つぶれていたり、悲しみすら感じてしまう飲屋街でした。

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道後温泉で、ひと風呂浴びようかとも思いましたが、
朝っぱらから風呂はいる気分でもなかったので
近場の足湯でまったりしてみました。

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松山名物の一六タルト。
うまいです。大好きです。
もちろんお土産にいっぱい買って帰りました。

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それでも時間が余るわけで、松山市内をぶらぶら。
路面電車が今も走る松山市内、時折坊ちゃん列車なる
昔の機関車を彷彿とさせる路面電車が走るというので
時刻を確認して、乗ってみました。
そうこう言う間にやっと、伊藤ちゃんが迎えに来てくれ、
ルーキーズさんへ向かうことに。

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ルーキーズさんに到着すると、そこには
ガルウィングとなった私のビートがおりました。
感動の一言でした!
スバラシイ出来映え!
最高でしょう!

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いろいろと話し込み、一緒に写真撮影させて頂き、
お礼を言って、愛媛を後にしました。

投稿者 tomosr : 09:45 | コメント (0)

ガルウィングビートをこの目で見るために愛媛へ

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■2003年7月12日(土)■
今までどうやってビートをガルウィングにできるのか、
本当に真剣に考えてました。
少しでも可能性のある記事を見つけては読みあさり、
ショップにも問い合わせましたが、いい返事はもらえませんでした。
最終的には他人で出来なければ、自分でやるしかないとも思い、
自分でガルウィングにするための設計図を考えてたりしてました。
そんな折り、たまたま私の目に止まったのが
カーニバルイエローのビートがガルウィングになっている写真でした。
正直やられたと思いました。
どうせガルウィングにするなら、自分が一番に。
そう思ってたからですが、その気持ちはすぐに変わりました。
このビートは誰がガルウィングに改造したのか?
このビートがガルウィングに出来るなら、
自分のビートもガルウィングにできるはず?
そう考えだすといてもたってもいられなかったです。
そのビートが愛媛のルーキーズボディゾーンさんの車であることを
つき止めて、すぐに電話しました。
気がつけば、明石海峡大橋を愛媛にひた走っている自分がいました。

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この日たまたまこちら方面へお越しだった碧BE氏と合流し、
四国を横断して愛媛を目指しました。
はやる気持ちを抑えつつも、今まで夢にまで見てきた
ビートのガルウィングをこの目で見れるという抑揚感を
押さえる事は出来ませんでした。

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夕方近くになって、ようやく愛媛にはいり、
ルーキーズボディゾーンさんへ到着しました。
我々の目の前には、確かにドアを天高く舞い上げた
ガルウィングのビートが存在してました。
どうやってこのガルウィングを成立させているのか?
非常に丁寧に教えて頂きました。
あくまでも自分自身の試作のためという事で作ったことは
前もってきいておりましたが、目の前に自分の夢が具現化されているんです。
このまま引き下がるわけには行かず、
無理を承知で自分のビートもガルウィングにして欲しいと
お願いしました。

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半ば無理矢理の状態で、ビートをガルウィングにしてもらう
約束を取り付け、私は友人の伊藤ちゃんに愛媛の港まで送ってもらい、
フェリーで大阪まで帰ってきました。

投稿者 tomosr : 04:32 | コメント (0)

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私が子供の頃スーパーカーブームが世間を一世風靡してました。
フェラーリにランボルギーニ、ポルシェにランチャ・・・。
最高速は300km以上・・・。
そんな会話をしていたんだと思います。
小さな少年の記憶には強烈なインパクトを
残したスーパーカーがあります。
ランボルギーニ・カウンタックです。
私と同じように、多くの少年が魅了されたことでしょう。
いつか、大人になったらカウンタックを買うんだ!
そんな夢のようなことを心に秘めたまま、少年は大人になりました。
でもカウンタックなんて夢のまた夢です。
そんな私の愛車はホンダビートです。

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ビートとの出会いは今から13年前にまでさかのぼります。
大学生だった私は車を買うために必死でアルバイトをしていました。
もちろんスーパーカーに魅了された記憶を引きずって、
初代トヨタ・MR-2か、RX-7カブリオレが欲しいなーと思ってました。
RX-7カブリオレは中古でも高値でしたので、
大学生のアルバイトごときでは
絶対に手を出せるシロモノではありませんでした。
MR-2の1.6L、Tバールーフのスーパーチャジャーの5Fがかろうじて
100万強という価格でしたので、目標はこれにしぼられてました。
なんとかお金は貯まったのですが、問題が発生しました。
車を買っても家の車庫に入らない・・・!ということでした。
一般の車の中でもコンパクトなMR-2ですら大きくて入らない。
MR-2を買うなら、おのずとどこかでガレージを借りないといけず、
維持費まで手が回らずに、MR-2をあきらめることになりました。
そこで急浮上してきたのが、ホンダ・ビートでした。

ひょんなことからアルバイト先の中古車ショップに
下取りで入って来たのがブレードシルバーメタリックのビートでした。
ここかから私のビート人生が始まりました。
現在の赤いビートは、シルバーのビートを2台乗り継いで、
1994年3月から乗っています。
赤いビートだけで、もう12年目に入りました。
長年乗り続けていくうちに、ガルウィングにしたいという夢が
むくむくと膨らんできました。
自分で改造できるわけもなく、どこに頼めばやってくれるのか?
インターネットを探しても、ガルウィングに関する記事は
あまりにも少なくて、雑誌に載っている記事を見ては
電話して問い合わせてみたりしてました。
しかしどこも、法外な金額を提示する割には、
絶対的に完成させるとは言い切っては
くれませんでしたので、改造をお願いするまでには至りませんでした。

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2003年になった頃から一気にガルウィングに関する情報が
入ってくるようになりました。
アメリカ製の「ランボドア」というドアヒンジを使えば
どんな車もガルウィングに改造できる?とか、不確かではあるものの、
ビートをガルウィングにするにあたっての活路が見えてきた時期でした。
決定的だったのは、2003年6月のことでした。
いつものようにサイトを見ていて、
黄色い車のドアが跳ね上がっている写真がでてきました。
その黄色い車こそ、カーニバルイエローのホンダ・ビートでした。
これまでの情報を元に自分でもどうやったら
ガルウィングが実現できるのかということは考えてきましたが、
どう考えても軽自動車であるビートでは、
ガルウィングを成立させるためのスペースや強度が絶対的に足らないから、
不可能じゃないかと思っていたのに、
ガルウィングのビートが写真に目の前にあるんです。
びっくりしました。
そのビートがどこの誰の物なのか?
調べれば愛媛県のルーキーズボディゾーンという
ショップのビートであることが判明。
はやる気持ちを抑えて、すぐに電話しました。
電話に出てくださった、川口代表はものすごく丁寧に
こちらの質問に答えてくださいました。
「あくまでも個人の試作品」という前提でしたが、
ひょっとしたら作ってもらえるかもしれない?
そう思うと、仕事もろくすっぽ手につかなかったです。
何度か電話でやり取りさせて頂きましたが、
いかんせん自分のこの目で見てみたい。
そう思った時には、明石大橋を渡ってましたね。

愛媛に着き、実際に作られたガルウィングドアのビートを見せて頂きました。
感動しました。
今まで追い求めて来た物がここで実現できる。
そう思うと、自分のビートもガルウィングドアに
してもらえるように無我夢中で頼み込んでました。
半ば無理矢理だったかもしれませんが、
ルーキーズさんにビートを預けて私は愛媛をあとにしました。

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そして2ヶ月後、ルーキーズ・川口代表の手によって
どこにもない、ワンオフ製作のガルウィングビートとして
誕生することができました。
本当、ルーキーズの川口代表には感謝の一言です。
ありがとうございました!

投稿者 tomosr : 02:51 | コメント (0)